全ては導かれるままに。
なんのことやら、もおすけです。皆様こんばんにゃ。
初めて信州に住みたいと、ふと夢みたいな事を思ったのが 中学の修学旅行。
次に思ったのが、白馬山荘での仕事を終えて松本の街に降りた時。
風が、さぁーって吹いた時、『あ、この街に住みたいな。私の住む所はここかも。』と
確信に近い気持ちで、瞬間的に感じた。
そして翌夏、捻挫して今シーズン登れないなら予定早めて移住しちゃえ、とアパート・仕事・車と
後で気が付けば3週間で全ての荷物をまとめ、買った車に詰め込んで引っ越してきた。
もともと勘が働く方だ。
それが山に登るようになってから、更に五感が研ぎ澄まされたように思う。
そしてこの自分のホームグランドとも言うべき松本に住んでから、更に研ぎ澄まされていると
最近になって改めて思う。
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何でこんな話になっているかというと、再三メッセージが届いてきたから。
家にはテレビがない。
巷の流行モノにも興味がない。
山に行くのに忙しいもん。
でも、ふとつけたラジオからユーミンとスタジオジブリの鈴木プロデューサーの
インタビューが流れてきたり、たまたまさぶちゃんに電話したら『風立ちぬ』観てて電源切ってた、と。
蕁麻疹&天気の悪い休日の今日、映画観にいこうかな、でもだるいな、と考えていると
スタバの後に寄った本屋で目に入ったのが、鈴木プロデューサーの書籍。
も:『嗚呼、これは今映画を観てきなさいってサインだわ。』
と、急遽映画館に行って来ました。
いろんな事が重なるのは、メッセージ。
観にいくように、あらゆる所から導かれていたようです。
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ゼロ戦を作った人のストーリーだとは聞いていましたが、驚いたのは堀辰雄さんの『風立ちぬ』。
ダブルストーリーとも言える内容だったんですね。
なぜ、驚いたかと言うと、前回書いたNHKラジオの朗読小説。
『海賊と~』が終わった今は、丁度 堀辰雄さんの『風立ちぬ』の放送で毎朝聞いていたから。
そして今、このブログで書いているのが雲ノ平。
かの三俣山荘の伊藤さんは、飛行機のエンジン設計をされていた方。
初期の雲ノ平山荘が飛行機の機体と同じく、最小限の木材で最大限の風の抵抗に耐えられるように
設計されているんだ、とはご本人の弁。
こんな話を山の上で伊藤さんから直接聞けたことは、本当に光栄だったと思います。
これもまた必然?
こんなことも思い出しながら、映画を観ていました。
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映画の内容は、よかったです。
今、自分の好きな事をして生きていける日々にひたすら感謝です。
お山にみんなと沢山登れて、ただもう感謝です。
とても奥が深くて端的に言えませんが、色々な事に感謝できる素晴らしい映画でした。
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これは私が唯一、残し持っている教科書。
もう30年も前になる、中学の時の国語便覧。
他の教科書は全てあげたり捨てたりしたけど、これだけは残してる。
授業では全く使わなかったのに、不思議と一番よく読んだ教科書。
ここに紹介されている、純文学の作品と作者の解説を読むのが好きでした。
帰宅して早速、堀辰雄さんのページをめくる。
彼の紹介箇所に、軽井沢の教会が載っていた。
映画でも軽井沢が舞台で、やはり私にとってはここなんだ、と思うには充分過ぎる程でした。
そして、感触までもが感じるほど伝わってきたシーン。
うまく言えないけれど、色々なメッセージが込められて送られてきたと直感が言っている
とても深い映画でした。
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